「遅刻したら罰金!」はあり?

シャローシのお仕事, 人事・労務

梅雨の合間の気持ち良く晴れた金曜日、オープンしたばかりのビアガーデンで学生時代の友人と集合したまふゆさん。
それぞれの舞台で活躍する友人たちとの情報交換はいつも楽しく刺激的です。

ところが、今回は1人、ちょっと浮かない顔をしたメンバーの姿が。
浮かない顔のはるちゃんは、やり手の社長が経営する少数精鋭の広告会社に最近転職したばかり。
いつもは何杯もジョッキを空けるタイプなのに、今日はウーロン茶を持っているのが気になったまふゆさんは、声をかけてみることにしました。

まふゆさん(以下、“ま”)「はるちゃん、今日はあまり飲まないね。何かあった?」

はるちゃん(以下、“は”)「何かあったっていうほどでもないんだけれど……実は私、今日人生初の遅刻をしてしまって。
明日は絶対遅刻できないから、今日はお酒は飲まないの」

ま「常に5分前集合のはるちゃんが遅刻! それは私もびっくりだわ。
でも、職場の皆さんも、はるちゃんの遅刻なら許してくれたんじゃない?」

は「それが……うちの会社、遅刻には厳しくて、なんと一律2,000円の罰金をお給料から引かれるのよ。今日初めて知ったんだけど、それもちょっとショックだったの」

ま「それは厳しいねぇ」

?「……それは何分の遅刻に対する減給なのかしら」

聞きなれているけれど、ここで聞くはずのない声に顔を上げると、そこにいたのはシナプスのシャローシ、浅尾さんでした。

浅尾さん(以下、“浅”)「まふゆさん、奇遇ですね。気になる話題だったのでつい聞き耳を立てちゃって。
まふゆさんのおともだちグループだったんですね」

ま「浅尾さん、奇遇すぎますけれど、今日もちょうどいいところに!
遅刻したらお給料を2,000円も減らされるなんて、そんな罰則はありなんですか?」

浅「そうですね。結論から言うと、あり、なのですが、お給料が減らされる理由によって答えの内容が変わってきます」

ま「というと?」

浅「理由として一般的に考えられるのは、遅刻した時間数に応じて賃金が減らされるもの。
10分の遅刻に対し、10分相当分の賃金を減らすことは、ノーワークノーペイ、つまり働かなかった時間に対しては賃金を支払わないという原則に則っていますので、何の問題もありません」

は「今回、まさに10分遅刻してしまったんですけれど、その分のお給料は当然カットされて、さらに2,000円をお給料から引くと説明を受けました」

浅「そうなんですか。では、その2,000円は、遅刻に対する制裁としての減給ですね。
実は減給制裁自体は、違法ではありません。ただし、就業規則で定められている必要があります」

は「就業規則ですか。見たことないなぁ」

浅「余談ですが、就業規則に定められていることでも、従業員に周知されていなければ、その規定は無効です。
就業規則は従業員が見やすい場所に備え付けたり、掲示したりすることとなっていますので、一度確認してみてくださいね」

ま「浅尾さん、就業規則で定められていたら、どんなに厳しい罰則でも許されるんですか?
1分の遅刻で1万円とか、さすがにダメですよね?」

浅「実は、労働基準法で、上限金額が定められているんです」

労働基準法 第91条

就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

浅「例えば、月給30万円で、1日分の平均賃金(※)が1万円の人がいたとします。
この場合、1回の事由に対する減給額の上限は、5,000円ということになります」

ま「じゃあ、遅刻1回で減給1万円はありえないんですね。よかった」

浅「その人の平均賃金の額にもよりますが、今回のように全従業員を対象に一律で金額を設定する場合であれば、最も平均賃金額が少ない従業員をベースに考える必要が出てきますので、1回につき一律1万円の減給はなかなか難しいでしょうね」

は「でも、1回5,000円だとしても、毎日遅刻したら10万円の減給になっちゃいますよね?
それはつらいなぁ」

浅「……毎日遅刻することはさすがにないと思いますが、先ほどの労働基準法第91条に戻って見てみましょう。
91条では、総額についても、その月の賃金の10分の1を超えることがないよう上限を定めているんです。
月給30万円で、その他の手当は支給されないケースで考えると、3万円が減給できる金額の上限になりますね」

は「よかった~!」

ま「よかったって、ちょっと待って、はるちゃん。まさかまた遅刻する気?」

・・・

ご紹介した減給の制裁は、懲戒処分の1つとして就業規則に定めている際に有効となるものであり、労働基準法第91条はその制裁の上限金額を定めているものです。

有効になるとはいえ、社会通念上相当と認められない金額が設定されている場合は、懲戒権の濫用として無効となる可能性があります。
個人的には、数分の遅刻1回に対して、数千円の減給を設定することは、一般的に許容される範囲ではないのではと感じます。

一方で、この制裁としての減給と分けて考えなければならないのが、損害賠償請求です。
従業員の責による事由により会社に損害を与えた場合に、その実際の損害に対する賠償を求めることは、懲戒処分としての減給制裁とは意味が異なりますので、先ほどの上限金額があてはめられるものではありません。

では、実損害がある限り、どんなに高額でも全額を求償できるのかというと、実際はそうではありません。
というのも、会社は従業員の活動を通して利益を得ているのですから、そこで生じうるリスクについても会社が負担するべきであるとの法理が存在するからです。
裁判例を見ても、求償を一部に制限しているものが多いようです。

なお、あらかじめ損害賠償の金額を定めておくことは労働基準法第16条で禁止されています。
例えば、携帯電話の紛失に対し、一律1万円の損害賠償を定めておくことはできません。

話を戻して、今回の罰金制度。

罰金で行動を規制する制度は果たして人の本質を理解できていると言えるのでしょうか。
その問題行動を抑えることには成功しても、それは非常に表面的でその問題に対してのみ有効な施策であり、人の本質的なところに働きかける施策ではないように思えます。
むしろ、会社と従業員との間に溝を生むリスクを考えると……制度の存在を知った時のはるちゃんの気持ちを、もっと立ち入って聞いてみたいところです。

平均賃金は、通勤手当なども含めた3ヶ月分の賃金の総額を、その期間の総日数で除して算出します。
例で挙げたような月給30万円で平均賃金が1万円、というケースは実際にはまずないでしょう。詳しい算出方法は、労働局のHPなどでご確認ください。

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浅尾
この記事を書いた人

浅尾 美佳(あさお みか)

食べてしゃべって走る、特定社会保険労務士。
使命は社内平和と世界平和。
ジョージ・クルーニーの嫁に憧れています。

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